PPP2026

AIによる
理論物理研究の自動化

問い:AIに何を任せ,何を人が確かめるか

日高義将京都大学基礎物理学研究所・iTHEMS

6月の講演

6月の講演では,AIによる研究の流れと
検証の仕組みを紹介しました.

生成科学研究会2026で示した,エージェントAIによって研究の進め方が変わったというスライド

今日は,同じ課題を二つの方法で動かし,
残る成果物と検査記録を比べます.

生成科学研究会2026 — 2026-06-12 筑波大学東京キャンパス

今回使う研究支援システム

AIが作ったものを,検査記録と一緒に
人へ渡します.

調べる

文献を読む
問いを絞る

作る

計算する
原稿を書く

機械で検査

式・コード・引用を
決めた方法で確かめる

別のAIが疑う

抜け・飛躍・
説明不足を探す

人が判断

意味・価値・
公表してよいか

用意した検査に一つでも失敗すれば,自動では先へ進まない.

PAITP = Platform for AI in Theoretical Physics
(理論物理学のためのAIプラットフォーム)

今日の実演

同じ課題を二つの方法で始め,
何が残るかを比べます.

一般的なAIだけ
同じ依頼を1回渡す
専用の検査・記録システムなし
目標:論文原稿
PAITPを使う
同じ依頼を1回渡す
検査・AI査読・修正を自動で実行
目標:原稿+検査記録
開始後は,研究内容について追加指示を出しません.

AI自体の頭の良さではなく,研究の進め方と残る記録を比べる実演です.

実演の待ち時間に

日々の研究で,AIがしていることを三例で見ます.

01
読む論文を選ぶ
物理の新着から,人が目を通す5本を候補にする
02
AI掲示板
異なるAIが,仕事を依頼し,結果を返す
03
VS CodeでAIと研究する
AIと対話しながら,計算と原稿作成を進める
日々の例 1 — 読む論文を選ぶ

毎朝,物理の新着論文から,
人が目を通す5本を候補にします.

Mattermostへ自動配信されたarXiv新着論文のダイジェスト
新着監視 → 目を通す候補を5本に絞る → 要約と注目点 → 必要なら解説スライド

arXiv(研究論文の公開サイト)の新着を,Mattermost(研究チームのチャット)へ配信.

日々の例 2 — AI掲示板

異なるAIが掲示板を使い,
仕事を依頼し,結果を返します.

1 依頼 やってほしい仕事と完了条件を書く
2 担当 どのAIが引き受けたかを残す
3 提出 説明だけでなく,成果物の場所を返す
4 確認 依頼した側が中身を見て完了にする

やり取りを記録し,人もあとから確認できるようにします.

日々の例 3 — VS CodeでAIと研究する

VS CodeでAIと対話しながら,
研究を進めています.

対話 問いと,次に試すことを相談する
計算 AIとコードを書き,結果を確認する
原稿 数式と説明を一緒に整える
保存 コードと原稿を同じフォルダに残す

完成原稿だけを頼むのではなく,研究の途中から一緒に作業します.

研究成果として何を残すか

論文だけでなく,
「確かめ直せる材料」も残します.

読者のための論文
問い・方法・結果・解釈を
人が読める形にまとめる
確かめ直すための記録
計算コード・検査結果・出典
失敗・未解決・人が判断した理由

次の人やAIが,確かめ直し,続きを始められる形で残す.

論文を置き換えるのではなく,論文を支える記録も成果物として扱う.

なぜ役割を分けるのか

AIが論文を書き上げても,
その内容が正しいとは限りません.

作るAI
候補を探す
計算する
原稿を書く
検査プログラム
決めた式・型・
再現手順を確かめる
疑うAI
抜け・飛躍・
説明不足を探す
人間
問いの意味・価値・
公表の責任を負う

AI同士の一致も,独立した証明とは限りません.役割ごとの根拠を見ます.

まず,できるところから確かめる

論文の式や主張を,
一項目ずつ確認します.

論文から
式・計算・主張を取り出す
確認済み
誤りを検出
まだ確認できない

用意した検査を通った項目だけを,検査済みとして残す.

実演 1

論文から抜き出した10項目を,
一つずつ確認してみます.

対象 論文 arXiv:0706.2846

抽出 10項目
機械で確認できる候補 式・極限・コードの6項目
追加の根拠が必要 文章で書かれた4項目
確認済み・誤り・未確認に,いくつずつ分かれるでしょうか.
実演 1 の結果

5項目を確認.
既知の誤り1件を検出し,4項目は未確認でした.

5
確認できた

用意した検査を通過

1
検査器の動作確認

正解の3を,わざと2に変更

4
まだ分からない

追加の根拠が必要

確かめられなかった項目を,分かったことにしません.

ここからが難しい

式が合っていても,
文章の意味を取り違えることがあります.

「Nが大きければ,補正は小さい」

物理では自然な表現です.しかし,「どれくらい大きいのか」「小さいとは何を指すのか」は,この一文だけでは決まりません.

式を調べる前に,何を確かめる文なのかをはっきりさせる必要があります.

同じ一文に,少なくとも三つの読み方

「小さい」の意味を変えると,
確かめ方も変わります.

1
いつか1%未満
十分大きな N を選べば,補正が1%未満になる.
2
1/N の速さ
N を大きくするほど,補正が 1/N の割合で減る.
3
計算した範囲だけ
今回計算した N の範囲では,補正が小さかった.
どれが著者の意図かは,式だけから自動的には決まりません.
読み方で結論が変わる

同じ計算でも,
言ってよいことが変わります.

A
「いつか1%未満」
読み方1と2なら言える.読み方3だけでは,計算範囲の外は分からない.
B
「0に近づく」
読み方2なら言える.読み方1や3からは,そこまで言えない.

先に読み方を一つに決めてしまうと,計算が正しくても,結論だけが強すぎることがあります.

「必ず」と言う前に,ほかの読み方が残っていないかを確かめます.

そこで,結論の前に四つを残す

原文,読み方,前提,根拠を
一緒に記録します.

原文何と書かれていたか
読み方どういう意味に取ったか
前提どの条件で成り立つか
根拠なぜ言えるのか

結論から原文まで戻れるので,読み方を変えたときも,影響する箇所だけを見直せます.

この「文章中の主張を読み方ごとに記録する形式」を,FCIR と呼んでいます.

FCIR = Fibered Claim IR
(文脈付き科学主張の中間表現)

結論を強くしすぎない

読み方を出し切れていなければ,
結論は保留します.

1
出し切った
指定した範囲で候補を出し切り,全候補で根拠を確認する.
2
まだ増えるかも
「今の候補では」と範囲を明記し,強い結論を避ける.
3
まだ調べていない
分かったふりをせず,結論を出さない.

機械が規則を正しく適用しても,読み方をすべて見つけたことにはなりません.

実演 2

読み方と根拠を含む記録から,
結論を出せるでしょうか.

保存した記録 61ファイル
今回すること 保存内容をそのまま読み直す
しないこと AIに答えを作り直させない
記録が保存時と同じなら,方法の効果も確認できたと言えるでしょうか.
実演 2 の結果

記録は一致しました.
しかし,効果は判定できませんでした.

確認できた

61ファイルは保存時と同じでした.

確認できない

三条件に差がなく,改善したかは不明でした.

記録が壊れていないことと,方法が有効であることは別です.

ここでいう「自己改善」

一度の失敗を,
次の課題で使う検査に変えました.

前の課題

五つの失敗を再現し,同じ条件なら止まる検査を追加しました.

別の課題

試せた四経路では,同じ失敗は再発しませんでした.

一つの別課題での結果です.一般的な自己改善を示すものではありません.

AI本体ではなく,手順と検査を改善した例です.

自律研究を実際に動かした結果 · 2026-08-26

二つの仮説を決めきれず,
人の確認に送って停止しました.

停止
研究上の問い 1 判定不能
研究上の問い 2 判定不能
文章の読み方 人の確認待ち
監査で見つかった問題 重大5 · 軽微1
実行中 0
研究内容は未公開のため,ここでは実行状態だけを示します.

自動化では,走り続けることより,
根拠がない時に止まることが大切です.

二つの方法を比べる基準

PDFができたかだけでは,比べません.

01
成果物
PDF・論文の編集ファイル・文献・計算コード・研究記録が残ったか.
02
確認
引用は実在するか.計算は再実行できるか.式のどこを検査できたか.
03
未確認
分からなかったことと,人が最初に見る場所が書かれているか.
この基準を先に決め,実行結果は人が確認します.
結論
AIに任せる仕事が増えても,
最後に説明するのは人です.

AIが作った候補と,実際に確認できたことを分けて残す.
問いの意味,根拠の十分さ,公表の判断は人が引き受ける.

補足資料

詳しい実例と監査記録

本編で出した「検査」「曖昧さ」「停止」を深掘りする資料です.

必要なときだけ参照してください.数値と状態は,各講演時点の記録です.

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