量子コンピュータの実用化に向けた研究が進む中、量子誤り訂正は、近年では量子情報科学と物性物理の境界領域において、重要な研究テーマとして注目されている。中でも、Kitaev らによって提案された表面符号 [2, 3] は、初期の量子誤り訂正符号として広く知られている。
本発表では、[1]の論文をレビューし、表面符号を用いた誤り訂正が可能となるエラー率の範囲が、統計力学モデルの枠組を用いて解析できることを解説する。
[1] によれば、表面符号の誤り訂正能力が、accuracy threshold [4] を境界として可能から不可能へと変化する現象は、対応する統計力学モデルにおける強磁性・常磁性相転移として記述される。特に、誤り測定が完全に実行可能であるような理想的な場合では、accuracy threshold は2次元ランダムボンド Ising 模型の Nishimori...
本研究では、Rényiダイバージェンスを拡張した多パラメータRényiダイバージェンス(multivariate Rényi divergence)の特徴づけを行う。具体的には、状態識別(state discrimination)を拡張した「state betting」というタスクを定義し、経済学の枠組みに基づいてその「価値」を定量化する。この定量化された「価値」が多パラメータRényiダイバージェンスにより記述されることを示し、更に測定のリソース理論への応用も示す。本研究を通して、多パラメータRényiダイバージェンスの「現実的な」意味について議論を深めたい。
一部の量子多体系の熱平衡状態は量子モンテカルロ法と総称される手法群によって古典的なサンプリング問題に帰着でき、多くの場合効率的に古典シミュレート可能であることが知られている。しかし、一般には負の確率でのサンプリングに対応する「負符号問題」が発生し、そのような量子多体系に関する研究には量子モンテカルロ法は適さない。この負符号問題は量子多体系の数値研究を行うにあたっての実践的な障壁であるだけでなく、多体系における量子/古典を理論的に区別する本質的な指標であると示唆する計算複雑性の分類定理も存在する[1]が、どのような場合に負符号問題が解消できるのかに関しては多くの点が未解決である[2,3,4]。
本研究では、Clifford回路を用いて負符号問題を解消することを考察する。すなわちClifford回路として表現可能なユニタリ変換で、与えられた量子系のハミルトニアンを非対角が全て非正に...
近年、量子状態の精密な制御を実現する手法として断熱量子制御が注目を集めている。しかし、断熱制御はその性質上、長い時間を必要とし、環境との相互作用によるデコヒーレンスの影響を受けやすいという課題がある。こうした課題を克服する手法として、短時間で断熱的な遷移を実現する断熱ショートカット(Shortcuts to Adiabaticity, STA)が理論的・実験的に研究されている。本研究では、STAの代表的な手法であるカウンターダイアバティック駆動(Counterdiabatic Driving,...
現代物理学の課題である量子重力理論の構築にあたっては、「そもそも重力が本質的に量子的であるべきかどうか」という問いに対して明確な答えを出す必要がある。本研究では、重力を古典的な場として取り扱う半古典重力理論の立場から、この問題の検証を試みる。半古典重力理論とは、重力場を古典的に、物質を量子的に扱う理論模型であり、なかでも近年Oppenheimによって提案された"相対論的半古典重力模型"が注目を集めているが、その理論的理解は十分とは言えない。本研究では、この模型の相対論的性質に着目し、量子的粒子における測地線偏差の量子ゆらぎを理論的に導出し、その最小値を数値的に評価した。さらに、この結果の重力波検出器による観測可能性を検討し、摂動的量子重力理論による予測との比較を通じて、当該模型の特徴と限界について考察を行う。
重力の量子的性質は、基礎物理学における未解決問題であり、いまだ実験的な検証がなされていない。重力波は、仮説上の重力の量子的キャリアである重力子を検出するための有望な手段を提供する。しかし、重力子と古典的な重力波とを区別するには、量子コヒーレンスの保持が必要であり、それは宇宙環境との相互作用によって生じるデコヒーレンスによって失われる可能性がある。スカラー場が重力に共形結合している環境モデルを用いて、縮約密度行列を導出しデコヒーレンス汎関数を評価することで、重力波が量子状態を保持するかどうかを調べる。その結果、重力波の量子デコヒーレンスは低周波数および高再加熱温度でより強くなることが分かった。そして、デコヒーレンスが無視できる振幅の閾値をモデル非依存的に特定し、重力の量子的性質やインフレーション機構を直接検証する上での基本的限界を提示する。本ポスターでは、重力の量子から古典への遷移について報告する。
微視的な世界を記述する量子力学においては,一般に複数の物理量が同時に確定的な値を取ることができない.この性質は,不確定性原理として知られている.不確定性関係は,この原理を定量的に表現したものであり,準備型不確定性関係としては,任意の物理量$A,B$に対するRobertson型の不確定性関係,およびそれをさらに一般化したSchrödinger型の関係が有名である.
本研究[1]では,Robertson型で用いられる交換子の期待値に基づく不確定性関係の改善を試みた.その結果,驚くべきことに,最適な係数は従来の$\frac{1}{4}$ではなく,量子状態の最小および最大固有値によって決まることがわかり,Robertson型を一般化するタイトな不確定性関係を導くことができた.この新しい不確定性関係は,状態が混合になるほど強い制約となり,従来のRobertson型では見過ごされていた量子(非...
本発表では,量子ビットを局所的なプローブとして用い,準周期系の物理的特性を読み出す理論的枠組みを提案した論文 [PhysRevA.103.023330 (2021)] のレビューを行う.同論文では,代表的な準周期系である Aubry-André-Harper (AAH) モデルに1つまたは2つの量子ビットを結合させ,その開放系ダイナミクスを解析している.鍵となるアイデアは,AAHモデルの内部状態を量子ビットのデコヒーレンスに反映させることである.この位相緩和ダイナミクスを観測することで,AAHモデルが持つ局在−非局在転移や系の輸送特性といった情報を読み出せることを理論的に示した.本ポスター発表では,この先駆的な手法を紹介するとともに,プローブとなる量子ビット(開放系)のダイナミクスがどのようにして準周期系の難解な性質を明らかにするのか,その物理的な関係性について議論を深めたい.
量子情報処理における本質的なタスクは量子状態の変換であり、その物理的過程は量子通信路(CPTP 写像)として定式化される。特に、現在の量子コンピュータのように、ノイズを含む量子通信路しか使えない状況で、できるだけノイズのない量子状態変換を再現することは重要な課題である。
本研究では、ノイズ $N$ を含む未知の量子通信路 $N(\mathcal{E})$ を複数回使い、本来の純粋な量子通信路 $\mathcal{E}$ を近似する際の精度の理論的上限を解析している。このような未知量子通信路の変換タスクについては半正定値計画法とユニタリ群の表現論を用いた解析が主流になっているが、現状では量子状態 [1] やユニタリ通信路 [2, 3]...
重力が量子力学の法則に従うのかという問題については未だ実験的な検証がなされていない。この点に関連して、2017年にBoseらは位置の重ね合わせ状態にある2つの質量体が重力を介して相互作用することで量子もつれを生成する理論モデルを提案した[1,...
分子の電子励起によって生じたエキシトンのフローを利用して量子演算回路を実現できるだろうか。本研究では、量子動力学計算によりエキシトンの流れを利用した量子演算ゲートの可能性について検証した[Yonetani, Chem.Phys. 570, 111860...
ペロン・フロベニウスの定理(1907)は,すべての成分が正の行列の最大固有値が縮退していないことを保証する定理である.この定理はファリスによって,ヒルベルト空間上の(ある条件をみたす)有界正自己共役作用素の場合にも拡張されており,下に有界な自己共役作用素の基底状態の一意性を示すなどの応用がある(1972).拡張された定理において,「行列のすべての成分が正」に相当する条件は,自己双対錐,正値保存性,正値改良性,エルゴード性などの概念で記述される.
本発表では,ペロン・フロべニウスの定理の逆問題「最大固有値が縮退していない有界正自己共役作用素は,ある自己双対錐に関して正値保存性,正値改良性,エルゴード性などが言えるか」について発表者が得た結果を説明する.また作用素を摂動させたときにこれらの性質が保たれるかについても説明する.
本発表は,https://arxiv.org/abs/24...
量子ダイナミクスの普遍的な性質を調べるためにランダム行列を用いる方法は、von Neumannにより開闢された。ランダムモデルはどのような量子ダイナミクスを示すかによって分類され、その分類や臨界現象の解析のために、生存確率やFidelityなど様々な準位統計量が提案されている。中でもSpectral Form Factor $\text{SFF}(t)$は2準位相関関数$R_2(\omega):=\langle \sum_{i,j}\delta(\omega-E_i+E_j)...
一般確率論(General Probabilistic Theories: GPTs)は,古典論や量子論を包含する,操作主義的に最も一般的な確率モデルを扱う理論的枠組みである.この一般性ゆえに,GPTsは量子論の原理的基盤の探究や,情報処理における本質的な特徴の解明に向けた有効な理論的基盤として期待されている.
情報理論において重要な量であるエントロピーは,GPTsの枠組みにおいては異なる側面を捉える3種類の定義($S_1$,$S_2$,$S_3$)が知られている [1][2][3].一方で,情報取得の限界を一般化する手法として,任意のエントロピーから新たなエントロピーを導出する「誘導エントロピー法」が提案されている...
量子力学において位置と運動量は非可換であるので、異なる時刻の位置は同時に定まらない。量子的な粒子が物理的にどのように伝播するのか、というのは興味深い問題である。
これに関し我々のグループでは、粒子の位置と運動量の両方の制御によって、量子的な粒子の直進性の検証が可能となることを理論的に示した。位置の幅を制限した状態と運動量の幅を制限した状態との重ね合わせ状態の自由粒子の伝播を考える。このとき両者の幅の制御を行うと、慣性の法則から導かれる不等式の破れが見える可能性がある。
近年、小野らにより、弱いコヒーレント光とマッハツェンダー干渉計を用いた実験が行われ、量子論を支持する結果が示された。しかし測定確率や誤差の評価について課題が残されたままである。
そこで我々は二光子発生で生成された一方の光子と、安定なサニャック干渉計によって、実験の高精度化を目指している。その最初の段階として、干渉...
重力の量子性の検証に向けて、重力相互作用を介したエンタングルメント生成が注目されている。オプトメカニカル系とは、レーザー光と懸架鏡の結合を通じて高精度に量子系の測定・制御が可能な実験系である。
従来の量子ウィーナーフィルターによる状態推定は、理論的には真の状態と推定値との差の平均二乗誤差を指標としており、これに基づいて条件付き分散が評価される。しかし、実際の実験では真の状態は直接観測できないため、観測された測定量のみを用いて推定精度を評価する新たな手法が求められている。
本研究では、因果的および非因果的な量子ウィーナーフィルター[1]を組み合わせ、測定量のみから推定する方法を用いて条件付き分散を導出し、推定が有効なパラメータ領域を検討する。さらに、この手法を用いて鏡間の重力誘起エンタングルメントの検出可能性についても議論する。
[1]Chao Meng et al....
暗黒物質は宇宙の約27%を占めるとされる未知の物質であり、これまでにさまざまな理論モデルと、それに基づく検出方法が提案されてきた。しかし、いずれの方法でも明確な検出には至っておらず、どの理論モデルも確かな実験的根拠が乏しいのが現状である。
暗黒物質が未発見である理由は、これらの検出方法が特定の理論モデルに依存していることにある可能性がある。そこで本研究では、すべての暗黒物質に共通する重力相互作用に着目し、モデルに依存しない普遍的な検出手法の構築を目指す。そのために、暗黒物質検出への応用を研究動機として、弱重力場における2準位原子のエネルギー散逸率を定式化するため、原子が従う量子マスター方程式を導出した。
本発表では、当日までに得られた成果について報告する。
無限自由度の環境系を持つ開放量子系では不可逆なデコヒーレンスが生じる。そのダイナミクスを記述する典型的なモデルとして、スピンと環境が結合している純位相緩和型スピンボゾンモデル [1]がある。このモデルは時間に局所的なカノニカル型のマスター方程式[2]
\begin{align}
\frac{d\rho(t)}{dt}=\gamma(t)\Big(\sigma_z \rho(t) \sigma_z -\frac{1}{2} {\sigma_z \sigma_z,\rho(t)...
スケーラブルな量子誤り訂正は、大規模量子計算を実現する上で中核的な役割を担う。本発表では、置換行列型の量子 low-density parity-check(LDPC)符号に対し、高ガース構造を導入し、多元の joint belief propagation(BP)復号を適用することで、量子容量の下界であるハッシング限界に迫る誤り訂正性能を実現した結果を報告する。特に、復号計算量を物理量子ビット数に比例させつつ、急峻なフレーム誤り率(FER)曲線と深いエラーフロアの両立に初めて成功した点が特徴である。さらに、より広範な符号レートにおいても、比較的単純な2元の joint BP 復号により急峻な FER...
量子論において,測定の両立不可能性を定量的に評価する指標の一つに,Heinosaariらによって提案された同時測定不可能性次元(Incompatibility Dimension,以下ID)がある[1].これは,複数の測定が同時には実行できないことを判定するために必要な状態の“個数”を表す量とみなすことができる.[1]では,ノイジーなPauli...
環境と相互作用する量子系の散逸的な振る舞いは、開放量子系の本質的な特徴である。その理論モデルの一つに、量子調和振動子からなる系と、その集合で構成される環境が相互作用するCaldeira–Leggettモデル[1]があり、そのダイナミクスは量子ランジュバン方程式(QLE)によって記述される。QLEの解析では通常、系が無限時間にわたり環境と結合していると仮定されるため、時間依存結合を持つQLEの厳密解は未解明である。本発表では、この課題に対し、有限時間相互作用をディラックのデルタ関数型の相互作用列で再現する手法[2]を用いることで、一般的な時間依存結合を持つQLEの解析解が得られることを示す。さらに、このアプローチにより可視化が可能となった環境のメモリー効果の振る舞いについて紹介し、無限時間相互作用モデルとの比較を通じて解の妥当性を検証する。
[1] A. O. Caldeira...